再生可能エネルギー技術史:太陽光編

再生可能エネルギー技術史:薄膜系太陽電池の進化を追う

Tags: 再生可能エネルギー, 太陽光発電, 薄膜太陽電池, 技術史, 太陽電池技術

はじめに:太陽光発電技術の多様性としての薄膜系

太陽光発電は、再生可能エネルギーの主力技術の一つとして、近年その重要性を飛躍的に高めています。この技術の歴史を紐解くとき、主流であるシリコン系太陽電池の進化はしばしば注目されますが、もう一つ重要な技術系統として「薄膜系太陽電池」の存在を忘れることはできません。

薄膜系太陽電池は、シリコンウェーハを用いる結晶シリコン系とは異なり、ガラスやプラスチック、金属などの基板上に、光吸収層となる半導体材料をマイクロメートル(µm)以下の薄い膜として成膜することで作製されます。この異なる製造アプローチは、材料の節約、製造コスト低減の可能性、そして大面積化やフレキシブル化といった特有の利点をもたらしました。

本稿では、この薄膜系太陽電池の技術が、再生可能エネルギー技術史の中でどのように生まれ、進化し、現在に至るのかを、その技術的な特徴、主要な材料、ブレークスルー、そして社会的な影響に焦点を当てて解説します。

黎明期:新たな材料への挑戦

太陽電池の原理である光電効果は19世紀には発見されていましたが、実際にエネルギー変換を行うデバイスとしての研究が本格化したのは20世紀に入ってからです。当初、シリコンが主要な半導体材料として研究されていましたが、結晶シリコンの製造には高いコストがかかるという課題がありました。

この課題に対し、より安価な材料や、結晶化の必要がない(あるいはより簡易な結晶構造の)材料を用いることで、低コストな太陽電池を実現しようという試みが始まりました。これが薄膜系太陽電池技術の源流の一つと言えます。

初期の研究は、カドミウムテルル(CdTe)や銅インジウムセレニド(CIS、後の銅インジウムガリウムセレニド:CIGS)といった化合物半導体や、非晶質(アモルファス)シリコンなどに向けられました。これらの材料は、光吸収係数が高く、結晶シリコンよりも薄い膜厚で効率的に光を吸収できるという特徴を持っていました。

1970~1990年代:実用化への模索とアモルファスシリコンの登場

1970年代に入ると、エネルギー危機を背景に再生可能エネルギーへの関心が高まり、太陽光発電技術の研究開発が加速します。この時期に特に注目を集めた薄膜技術が、アモルファスシリコン(a-Si)を用いた太陽電池です。

アモルファスシリコンは、結晶構造を持たないシリコンであり、ガラスなどの基板上に比較的低温で大面積に成膜することが可能でした。これにより、結晶シリコンに比べて製造コストを大幅に削減できる可能性が開けました。日本の研究機関や企業がa-Si太陽電池の研究開発をリードし、電卓や時計といった小型民生機器への応用から始まりました。

しかし、a-Si太陽電池には大きな課題がありました。それは、太陽光にさらされると性能が劣化する「スタエブラー・ブロンスキー効果」と呼ばれる現象です。これにより、初期の高い変換効率(太陽光エネルギーを電気エネルギーに変換する効率)を維持することが難しく、長期的な信頼性に課題が残りました。また、結晶シリコンに比べて変換効率そのものも低いという欠点がありました。

同じ時期、CdTeやCIGSといった他の薄膜材料の研究も続けられていましたが、材料の安定性、毒性(CdTe)、製造プロセスの複雑さといった課題から、a-Siほど急速には普及しませんでした。しかし、これらの材料はa-Siよりも高い変換効率を達成できるポテンシャルを秘めていました。

2000年代以降:薄膜技術の多様化と市場への参入

2000年代に入ると、薄膜系太陽電池技術は新たな段階を迎えます。a-Si技術はスタエブラー・ブロンスキー効果などの課題から徐々に市場での競争力を失っていきましたが、CdTeやCIGSといった材料の研究開発が進み、実用化レベルに達しました。

CdTe太陽電池は、特にアメリカのFirst Solar社が大規模な生産体制を構築し、低コストを武器に急速に市場シェアを拡大しました。CdTeは直接遷移型半導体であり、光吸収係数が極めて高いため、わずか数マイクロメートル(μm)の膜厚で十分な光を吸収できるという技術的な利点があります。毒性のあるカドミウムを使用するという課題はありますが、製造プロセスやリサイクル技術の研究が進められました。

一方、CIGS太陽電池も、日本のSolar Frontier社などが製造技術を確立しました。CIGSは変換効率の面でCdTeやa-Siよりも優位性を示し、研究レベルでは結晶シリコンに匹敵する効率も達成されています。柔軟な基板上に作製することで、建材一体型やフレキシブルな用途への展開も進みました。

この時期には、薄膜系太陽電池が結晶シリコン系とは異なるニッチ市場や、大規模太陽光発電所(メガソーラー)の一部で採用されるようになり、太陽光発電市場全体の拡大に貢献しました。製造技術の進歩(例:スパッタリング法、蒸着法など)により、薄膜の均一性や欠陥の低減が進み、製品の信頼性も向上しました。

社会的影響と今後の展望

薄膜系太陽電池の技術進化は、太陽光発電全体のコスト低減競争を加速させる一因となりました。結晶シリコン系とは異なるサプライチェーンを持つため、特定の材料に依存するリスクを分散させる効果もありました。また、軽量性や柔軟性といった特徴を活かし、従来の設置場所が困難だった場所(例:建物の壁面、曲面、移動体など)への太陽光発電導入を可能にしました。

近年では、ペロブスカイト太陽電池といった新しい材料を用いた薄膜技術の研究が急速に進展しています。ペロブスカイトは高い変換効率と比較的簡易な製造プロセスから、次世代の太陽電池として注目されています。また、薄膜技術を結晶シリコンと組み合わせることで、さらに高効率を目指すタンデムセル構造の研究も活発に行われています。

薄膜系太陽電池は、その歴史の中で多くの技術的な課題に直面し、いくつかの技術は市場から撤退しました。しかし、その挑戦の歴史は、太陽光発電技術の多様性を育み、低コスト化、高性能化、そして新たな応用分野の開拓に重要な貢献をしてきました。

まとめ

薄膜系太陽電池は、再生可能エネルギー技術史において、結晶シリコン系とは異なるアプローチで太陽光発電の実用化と普及を支えてきた重要な技術です。黎明期の材料研究から、アモルファスシリコンによる初期の市場開拓、そしてCdTeやCIGSによる大規模生産と性能向上に至るまで、その進化は絶え間ない技術的な探求と社会的なニーズに駆動されてきました。

薄膜系技術がもたらした低コスト化や多様な設置形態への対応は、太陽光発電をより身近なエネルギー源とする上で不可欠な要素でした。今後も、新しい薄膜材料や既存技術の改良、さらには他の技術との組み合わせにより、薄膜系太陽電池は太陽光発電技術全体の進化に貢献し続けると考えられます。その歴史を理解することは、再生可能エネルギーの未来を展望する上で、非常に有益であると言えるでしょう。